2016年8月28日

ネットワークオーディオプレーヤの導入


DENON DNP-730RE
インターネットラジオはネットワークCDレシーバーで受信していたが、廃棄処分してからは、パソコン経由で聴いてきた。ただそのためだけにパソコンの電源を入れるのはどうかと思い、すでに持ってる DENON のコンポに、ネットワークオーディオプレーヤ DNP-730RE を追加した。同社のコンポシリーズでは3台揃って一番安価だが、いずれも性能に優れ、コストパフォーマンスが高いと思う。電源をONにしたら Wi-Fi 設定が始まった。ネットワーク名(SSID)が表示されたので、リモコンでパスワード(PSK)を入力したら、あっさりネットに繋がった。次にインターネットラジオ局を検索、とりあえずブルーグラス、フォーク、クラッシック音楽の10局を「お気に入り」に登録した。インターネットラジオはおおむねジャンルごとの専門局で、24時間聴くことができる。最近の日本のFM局に関しては疎いが、DJ中心で音楽ジャンルもバラバラだったという過去の印象がある。その点、インターネットラジオなら、好きなブルーグラスやフォーク音楽を好きな時間に聴けるのが素晴らしい。なお製品仕様に「AirPlay」に対応、iTunes や iPod touch / iPhone / iPad 内の音楽ライブラリーの再生可能とあるが、手元の Android デバイス Xperia Z3 にストレージしてある曲も再生できた。ただし外出先用、すなわちモバイルオーディオ用にセットしたものなので、この機能を使うことはないと思う。なお別途音楽専用サーバー NAS「Network Attached Storage」を使えるが、手持ちの CD のリッピングも面倒だし、ハイレゾ音源も好みのタイトルがなさそうなので、今のところ導入は考えていない。

2016年8月25日

五輪憲章を遵守しないIOCは解体し東京大会は返上すべきだ

日の丸を掲げるメダリスト(リオ五輪)

スポーツそのものは素晴らしいし、それ自体を否定する気持ちは毛頭ない。しかし現行のオリンピックは別である。本来、個人あるいは競技チーム同士の闘いである筈なのに、実態は国家間の争いの様相を帯びてしまっているからである。新聞やテレビは、何個メダルを取ったか、まさに狂想曲のごとく連日報じた。リオが終わったものの、次は4年後の東京開催を目指す喧噪が続くと思うと、うんざりするのは私だけだろうか。オリンピック憲章を紐解くと、第1章6「オリンピック競技大会」には
オリンピック競技大会は、 個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない。 大会にはNOCが選抜し、IOC から参加登録申請を認められた選手が集う。選手は関係IFの技術面での指導のもとに競技する。
と明記されている。さらに第5章56「表彰式、メダルと賞状の授与式」には「表彰式、メダルと賞状の授与式はIOCプロトコル・ガイドに忠実に従い催されるものとする。メダルと賞状のデザインはIOCに提出し事前の承認を得なければならない」とある。さらに同章57「入賞者名簿」には「IOCとOCOG は国ごとの世界ランキングを作成してはならない」とあるのである。つまりオリンピックは国家間の競争ではないから、開会式では国旗ではなく競技団体の旗を持って行進すること、さらに表彰式でも国旗掲揚、国歌演奏せよなんて書いてないのである。国旗、国歌が許されるのは閉会式だけで「優勝旗の掲揚に使用されてきた中央の旗竿の右側に立つ旗竿にギリシャの国歌の演奏にあわせてギリシャの国旗が掲揚される。つづいて、中央の旗竿に開催国の国旗が掲揚され、その間に開催国の国歌が演奏される。最後に、次期オリンピック競技大会の開催国の国旗がその国歌の調べにあわせて左側の旗竿に掲揚される」とあるのみである。

つまり現行のオリンピックは、一番肝心なところでオリンピック憲章を遵守していないのである。これは私ひとりが書いてどうなるというものではないが、現在のIOCは一旦解体、オリンピック憲章を守る組織を作り直すべきである。2020年大会の招致プレゼンテーションで安倍首相は「福島は完全にコントロールできている」と発言した。廃炉が未だに遅々として進まず、汚染水を垂れ流している福島原発の現状を見れば、それが真っ赤な嘘であったことは自明の理である。この虚偽は国家犯罪に等しいといっても過言ではないだろう。これでは国際世界に顔向けできないし、海外からアスリートたちを招聘する資格はない。東京オリンピックは速やかに返上すべきであろう。なお、IOCはかつて浮上した国歌国旗廃止案を葬ってしまった。一橋大学スポーツ科学研究室、黒須朱莉氏の、この件に関する論文を下記リンク先からダウンロードして読むことができる。

PDF  IOCにおける「完全な国歌国旗廃止案」の消滅(1973-1974)PDFファイル 606KB

2016年8月22日

炎天下の六地蔵巡り

大善寺(京都市伏見区桃山町西山)

木造地蔵菩薩率像(クリックで拡大)
六地蔵巡りに出かけた。8月22日、23日の両日に、京都市内六ヵ寺にある地蔵を巡拝し、家内安全、無病息災を祈願する伝統行事で、800年も続いているという。市バスと地下鉄を乗り継ぎ、六地蔵駅で降りる。10分近く歩いただろうか、奈良街道沿いの大善寺に着いた。小野篁が一本の大木から六体の地蔵菩薩を刻み、この寺に祀ったという言い伝えがある。当初ここに六体の地蔵尊が祀られていたため六地蔵の名がついたという。後に平清盛が保元年間に西光法師に命じ、六街道、すなわち奈良街道、西国街道、丹波街道、周山街道、若狭街道、東海道の入り口に地蔵堂を建て祀ったことから、六地蔵巡りの風習が生まれたという。境内はすでに参詣客で溢れていた。旅行会社の小旗を持った人がいたので、団体巡拝客なのだろう。お幡(はた)と呼ばれるお札を授かる人、水塔婆に亡き親族の戒名を書いてもらう人、人それぞれだが、私は地蔵堂の中を覗き込んだ。重文の木造地蔵菩薩立像が安置されているが、うっすら化粧しているように見える。風雨に晒され輪郭が曖昧になった石仏に目鼻を彩色した所謂「化粧地蔵」は、元の姿が分からなくになってしまうきらいがあり、疑問に思うが、この像の薄化粧は好ましい。テントに張った紅白の紐に夥しい数のお幡が吊るしてある。一年間家の入口に吊るしてあったものが返納されているのである。六地蔵を全て巡ると、六色のお幡を授かることができる。何しろ猛烈な炎天下、公共交通機関と徒歩のみで回る自信はないが、再び地下鉄に乗り、西国街道の浄禅寺に向かった。

2016年8月20日

太秦広隆寺の弥勒菩薩像と再会

宝冠弥勒菩薩半跏思惟像(絵はがき)

広隆寺講堂(京都市右京区太秦蜂岡町)
炎暑の中、弥勒菩薩像に再会したくなり、太秦広隆寺に出かけた。仁王門をくぐると重文の講堂が視界に入る。拝観の栞の境内図には「赤堂」と括弧書きしてあるが、なぜそう呼ぶのか不明である。地蔵菩薩坐像、虚空蔵菩薩坐像を安置しているはずで、格子戸から覗いてみたが、暗くてよく分からない。さらに参道を進むと上宮王院太子殿に至る。いわば本堂で聖徳太子立像が安置されているそうだが、秘仏で、秋の開扉を待たないと拝観できない。太子殿を右に奥に進むと、念願の弥勒菩薩像が座してる新霊宝殿に辿り着いた。照明を落とした中は暗く、目が慣れるまでしばらく時間がかかった。創建当時の仏像や天平、弘仁、貞観、藤原、鎌倉の各時代に造立された仏像が壁に沿って一列に並んでいる。弥勒菩薩像は北側真ん中にある。過去に二、三度ほど拝観しているが、何度見ても美しいと思う。やや距離があり、細部を観察するための双眼鏡を忘れたことをちょっぴり後悔する。賽銭箱があるものの、仏教寺院内陣特有の天蓋などの装飾がここにはない。外観は和風だが、鉄筋コンクリートの耐火建築で、いわば博物館である。寺は2度の火災に見舞われたにも関わらず、多数の仏像が難を逃れた。そういった歴史的背景があるのだろうけど、信仰の対象というより、仏教美術品という側面が強調されるきらいは免れないだろう。仏教美術というと私はアーネスト・フェノロサを思い浮かべる。寺僧は猛反対したが、法隆寺夢殿の秘仏救世観音の厨子を、200年の禁を破って開けさせたのである。これを機会に、仏像や仏画が信仰と対象であると共に、芸術作品という概念を日本人に植え付けたといえる。フェノロサについては「貴重な日本美術を海外へ流出させた」と批判する意見があるが、彼の調査を元に1897年(明治30)、文化財を国宝に指定して保護する「古社寺保存法」が制定されたのである。明治維新後に発生した、廃仏毀釈という凄まじい嵐が吹き荒れた。多くの仏教寺院の伽藍や仏像が破壊されたが、それに歯止めをかけたのは「国宝」という新しい概念だったのではないだろうか。この弥勒菩薩像は国宝第1号として知られるが、その美しさに触れることができるのは、フェノロサのお陰とも言えそうなのだ。

2016年8月19日

六甲山国際写真祭2016

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会 期:2016年8月20日(土)~28日(日)
会 場:六甲山および神戸市内
詳 細:http://rokkophotofestival.com/

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