2016年9月28日

幼いヘミングウェイ刻まれた死の実感

ミシガン州ホートン・クリークで釣りをする幼きヘミングウェイ(1904年)

写真はボストンのジョン・F・ケネディ図書館&博物館蔵で、1904年7月撮影という説明がついている。アーネスト・ヘミングウェイ(1899年7月21日-1961年7月2日)が5歳の時の貴重写真で、撮影は父親のクラレンス。場所はミシガン州のウォルーン湖近く、ホートン・クリークとある。ヘミングウェイは釣りを題材にした優れた作品を残しているので、この時代について書かれたものがあるか探してみた。まず短編集『ニック・アダムズ物語』の原書を紐解いてみた。ニック・アダムズはヘミングウェイの分身で、物語はいわば伝記的小説集といえる。年代順に作品が並べられていて、ヘミングウェイの成長記録にもなっている。このタイトルでの邦訳本はないようだが、秋山嘉/谷阿訳『ヘミングウェイ釣り文学集(上巻)鱒』(朔風社1982年)や高見浩訳『われらの時代・男だけの世界』(新潮文庫1995年)に収録されている。最初期の「三発の銃弾」では、初めて死に魅入られたときのことと、初めて釣り旅行の記憶が重ね、綾織られて語られている。傑作という評判が高い二番目の作品「インディアンの村」を久しぶりに手に取ってみた。
ニック・アダムズ物語
「死ぬときって、苦しいの、パパ?」
「いや、どうってこともないとも、ニック。まあ、場合によるがね」
二人はボートに乗っていた。ニックが艫(とも)にすわり、父親が櫂を漕いでいた。山の端に日が昇りかけている。バスが一匹跳ねあがって、湖面に波紋を描いた。ニックは片手で水を切った。肌を刺すような朝の寒気に包まれていると、湖水はぬるく感じられた。(高見浩訳)
これは最後の部分である。医師である父親に同行したニックはインディアンの女の帝王切開に立ち会う。父親は無事赤子を取り上げたが、ショッキングな結末をむかえる。生まれたばかりのこの子供の父親が首を切って自殺していることがわかったからだ。父親ははあわてて、一緒に来ている叔父にニックを連れ出すよう頼むが、台所からニックははっきり見てしまったのだ。「ぼくは絶対に死なないさ」という言葉でこの小説は終わる。この作品に内在するのは「死の実感」であるが、それを体験する行為を、少年期の通過儀礼として捉えるという見方もあるようだ。風景描写にニックの心理が隠されているが、幼いヘミングウェイの写真にそれが窺えると思うのは私だけだろうか。いずれにしても幼年期の体験によって、死というテーマがヘミングウェイにとっていかに関りが深くなったかが分かる。1961年、ヘミングウェイはショットガンで自らの命を絶った。

2016年9月24日

小池劇場の幕が降ろされる可能性

建設中の豊洲市場(2016年5月中旬)©東京都中央卸売市場

9月17日、18日に実施されたFNN世論調査によると、小池都知事の働きぶりについて、評価するが86.3%、評価しないが8.0%だったという。築地市場の新しい豊洲市場への移転を延期したことについては、妥当だと思うが88.2%、思わないが7.1%だった。豊洲市場問題が「小池劇場」の幕開けとなった。土壌汚染問題の議論はまさに液状化状態だが、簡単に終止符を打てない状況になっている。移転やむなしとすれば、期待を抱いた人々を裏切ることになり、人気が失墜する可能性がある。逆に移転は白紙撤回と結論したらどうだろか。
築地市場は、東京の台所である。その台所をベンゼンやアセンといった危険極まりない物質を含んだ土地に移すことは、率直に一生活者として不安である(中略)工法を工夫しながら、現在の場所(築地)で建物だけを建て直すのが一番妥当と思われる。
私は知らなかったのだが、小池都知事は市場移転問題に関して2008年に出版した『東京WOMEN大作戦』(猪口邦子・佐藤ゆかりとの共著)で、以上のように明言しているそうだ。8年前の提言だが、これが可能なら賛同する人が少なくないと思われる。しかし竣工前ならともかく、ほぼ出来上がった豊洲市場、もう後戻りできないと、何が何でも移転を進めようとする力学が加わるだろう。もし踏み切れば、莫大な額の税金が費やされことになり、小池叩きの雪崩現象が起きるかもしれない。つまりどっちに転んでも「小池劇場」の幕が降ろされる可能性がある。私個人としては白紙撤回案に賛成、可能ならそうしたほうが良いと思う。そもそも生鮮食品を扱う市場の移転先を豊洲にしたのが間違いだったのである。今後の展開をを見守りたい。

2016年9月23日

雷ガード付タップは電子機器を守ってくれるか

雷ガード付電源タップ(京都市内)

景観を守る電線地中化を歓迎するが、デメリットとして、架空地線の存在が無くなるため、沿道の通行人や建築物への落雷の危険性が増すそうである。意外な指摘だが、裏返せば電線は落雷し易い存在とはいえないだろうか。電線に落雷すれば、その周辺に短い時間で強い電気の力や大きな電流が発生することがある。これを「雷サージ」と呼ぶそうだ。近くに落雷があると発生し、電話線、電源線、アンテナ、大気中を通って家の中に進入し、テレビやパソコン、電子レンジなどの電子基盤を壊してしまうことがあるという。私はマンション住まいで、避雷針があるから安心と思っていたが、雷サージに対しては効果がなく、しかも雷サージはブレーカが働く前に家の中にある機器に到達してしまうという。電源タップが必要になり、電気製品量販店に出かけたら「雷ガード」と記した製品が大半を占めていた。雷サージの侵入による被害を受けた経験はないが、万が一電子機器が壊れたら困る。特にパソコンのクラッシュ、光回線ルータの破損は怖い。割高感はなかったので購入、さっそく設置してみた。ところでこの電源タップ、本当に雷サージを防いでくれるだろうか。ネットのQ&Aサイトを覗いたら、この質問が一番多かった。万全ではないという返答が大勢を占めているが、「効果がなかったら詐欺だ」という助言には思わず吹き出してしまった。私見では雷の被害は複雑な要素が絡むので、完全防御は難しいのではないかと思う。備えあれば憂いなしというが、憂いが晴れるわけではない。従って過大な期待は避け、うまく作動して大切な電子機器を守ってくれたら褒めてやろうと思う。

2016年9月19日

第48回京都野外彫刻展

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日 時:2016年10月1日(土)~16日(日)9:00~17:00
会 場:京都府立植物園京都府立陶板名画の庭(京都市左京区下鴨半木町)
主 催:京都府・京都彫刻家協会

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2016年9月17日

党内抗争の泥沼化で枯れそうな民進党の蓮華

蓮の花托(京都市上京区一番町の立本寺

かれこれ5年前、野田佳彦氏は「どじょうはどじょうの持ち味がある」と演説、旧民主党代表の座を得た。16日の民進党の両院議員総会で、蓮舫代表から指名を受け幹事長に就任した同氏は「蓮の花を下で支える蓮根になった気持ちで徹底して下支えする」と語ったという。よほど泥の中がお気に入りのようだ。野田氏の過去の詳細はここでは触れないが、巷間語られてるように、旧民主党が政権から転落した「戦犯」である。一昨日書いたばかりの「民進党新代表蓮舫氏の危うさ」という杞憂がいきなり現実を帯び、唖然としている。選りに選ってと嘆息したのは言うまでもない。蓮華は仏教を象徴する花である。泥に染まらないことから、昔から珍重されてきたが、野田氏は蓮舫氏と「一蓮托生」の気構えなのだろう。しかしすでに党内に反発が広がり、両院議員総会に出席した国会議員は半分以下だったという。週明け以降、党内抗争の泥沼化が予想される。蓮は咲いた後、花托が肥大して写真のように蜂の巣に似た形、すなわち蜂巣となる。実はこの蜂巣、蓮の古名である。「ハチス」の真ん中「チ」を抜いて「ハス」となったそうである。どうやら党内抗争の泥沼化で泥の中の蓮根がダメージを受け、蓮華が一旦花開いたが、蜂巣になる前に枯れ落ちそうな気配だ。