2015年5月27日

梨木神社の鳥居はくぐっても俗界

梨木神社(京都市上京区寺町通広小路上ル)

梨木神社境内で建設中のマンションがどうなっているか見に行った。3階建てのマンションは南端の一の鳥居とその奥の二の鳥居の間の参道を占拠、ほぼ完成していて、作業員が敷地の整理をしていた。鳥居が残ったままの風景は、歴史ある景観の崩壊を目のあたりにした感じである。鳥居とは神域への入口を示すもので、くぐっても俗界とは異様であるからだ。傍らのノーベル賞学者、梨木神社「萩の会」の初代会長であった湯川秀樹博士の歌碑も今のところそのまま残っている。
千年の昔の園もかくやありし木の下かげに乱れさく萩
梨木神社は明治維新、王制復古の立役者である三条実萬、実美父子らを祭神に明治18(1885)年に創建された。久邇宮朝彦親王の令旨により三条家の邸宅後に社殿を造営したもので、萩の名所、京都三大名水で今も唯一存在する「染井」の名水で名高い神社で、宮中でその昔、染所としてこの井戸が使われていた事が由来とされる。敷地は下京区のマンション開発業者に60年間の期限付きで貸与したそうだが、この鳥居と湯川秀樹博士の歌碑はそのまま置いておくのだろうか。

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