2017年4月23日

タンポポの花が咲いて日差しは黄色

タンポポの綿毛(京都市左京区下鴨半木町)

1980年代後半、私は家族を京都に残し、東京で独り暮らしをしていた。雑誌『週刊朝日』のフォトエディターなどをしていたが、仕事上ではある意味で充実していたかもしれない。ただやはり独り暮らしには隙間があったように記憶している。そのころ発表するアテもなく作った歌のひとつが「タンポポ」だった。
タンポポが咲いて
日差しは黄色
あの娘はおかしく
やさしいね

バベルの塔は
目に虚ろ
線と点を
散歩する

花びらひとひら
酒に浮く
言葉の裏に
耳傾け

ランボーは不良かい
詩人は不良なのよ
墓場のダンス
月明り

白い帽子の
手鞠歌
風が吹いて
飛んでゆく

逃げる歌を
追い求め
絵の具がひび割れ
あせてゆく

(1987©Tsutomu Otsuka)
翌1988年、天皇の病状が悪化した。テレビは連日「本日のご容体は…」と報じ、日本中すべてが重い自粛ムードに包まれてしまった。年の瀬の12月末、私は皇居内の宮内庁に駐車していた報道用小型バスの中で、無線電話によって大阪への転勤を命ぜられた。私の東京生活が終り、そして昭和も終わったのだった。


2017年4月22日

ビッグ写真ブログ再構築を楽しむ

Blogger テーマデザイナー

完成したブログ(クリックで拡大)
ボストングローブ紙のブログ The Big Picture に触発されて、大きな写真を見せるブログを作っていたが、閉鎖して作り直した。横幅1024pxといった小さな画面のノートパソコンに配慮、ブログの横幅が1000px、掲載写真の長辺が900pxだった。今度は横幅を1030pxに拡大、1024pxの写真が納まるようにした。写真共有サイト Flickr に写真をポストすると、長辺が1024pxにリサイズされた画像をダウンロドできるからというのも理由のひとつである。閉鎖せずに継続しようと思ったが、グーグルの Blogger は The Big Picture のようにサイズ可変式ではないようなので、一からの再構築になってしまった。ただブログの新規開設は久しぶりなので、ちょっと戸惑った。まずテンプレート(雛型)を選びタイトルとURLを決める。次にカスタマイズするのだが、ダッシュボード、テーマ、カスタマイズと進め、テーマデザイナーを呼び出す。GUI 環境で操作する優れもののウィジェットである。これで横幅の調節、フォントや色の指定をするが、これだけだは細かいデザインができない。例えば Blogger に写真を投稿すると、デフォルトでは枠線が付くようになっている。私のデザインポリシーはとにかくシンプルということなので、余計な装飾は避けたいから消すことにした。それには CSS の変更が必要で、HTML の編集をした。テンプレートに手を加えなくてもブログ運営ができるが、世界でひとつのデザインのブログを作りたかったのである。お陰で楽しみながら再構築できた。

Blogger  ブログ Kyoto Photo Press by Tsutomu Otsuka(京都フォト通信)

2017年4月16日

片腕のフィドル奏者マーシャル・クレイボーン

One-armed fiddler Marshall Claiborne of Hartsville, Tennessee, ca.1926.

これは片腕のフィドル奏者マーシャル・クレイボーンの肖像写真で、ノースカロライナ大学チャペルヒル校が所蔵する「ガスリー・T・ミード・コレクション」(1817-1991)からの転載である。クレイボーンは弓を両膝で支え、左手でフィドルを動かして演奏した。生年月日などは不明だが、写真は1926年ごろ撮影とある。悪魔の箱と呼ばれたフィドルの音楽が好きだった自動車王ヘンリー・フォードが、1926年1月19日、デトロイトでフィドル弾きの大会を開催したが、その頃に撮影されたと思われる。この大会でクレイボーンが3位に入賞、それゆえに記録に残ったからである。ハンディを持ちながら健常者に負けない演奏をした、いわばその離れ技は障碍者に大いなる勇気を与えたと想像する。というのは、その後、片腕のフィドル奏者が続いたからである。そのひとりであるルーザー・コードウェルの演奏のビデオを下記リンク先の YouTube で視聴できる。1953年に収録されたテッド・マックのテレビ番組で、足踏み式の運弓マシンを使って演奏している。

YouTube
One-Armed Fiddler Luther Caldwell playing 12th Street Rag: June 13, 1953, in Kansas City, MO.

2017年4月13日

隠れた枝垂れ桜の名木

京都府立植物園(京都市左京区下鴨半木町)
SONY Xperia Z3

今年は湖北まで花見に出かけたので、例年より京都市内の桜見物はちょっと萎え気味である。それでも気になる枝垂れ桜が京都府立植物園にあるので出かけた。枝垂れ桜といえば、円山公園、平安神宮が有名だが、植物園のそれも隠れた名木だと思う。植物園というと一般には人工庭園を連想しがちだが、下鴨半木(なからぎ)町という地名が示すように、明治時代までは上賀茂神社の境外末社である半木神社とその鎮守の森を中心とした田園地帯だった。敷地内の半木の森は、古代の山城盆地の植生を残す貴重な自然林としてそのままの形で活用するよう設計されている。一本桜の大木だが、ちょうど満開を迎えていた。人々から「大枝垂れ」と呼ばれているだけあって、風格があり、圧倒的な存在感に満ち溢れている。日本で最初の公立植物園として知られているが「日本に京都があって良かった」そして「京都に植物園があって良かった」としみじみ思う。

2017年4月12日

花筏を撮る

京都御所(京都市上京区京都御苑)
Fujifilm Finepix X100

昨日、雨が降ったのでもしやと思い、京都御所に出かけた。3月が寒かったので、今年の桜の咲き具合はちょっと例年と違うのだが、花筏(はないかだ)を見ることができるかと思ったからだ。花筏とは水辺に散った桜が連なって流れるさまを表したもので、実に粋な言葉である。期待はしていなかったが、その光景をカメラに収めることができた。やや陳腐な方法だが、シャッター速度を遅くすると、花筏が流れた感じに写る。私が持ってるデジタルカメラは最低感度が200であるから、このままだとスローシャッターを切れない。光学フィルタ―を持っていないので、内蔵のNDフィルター機能を援用した。電子的に感度を落とす仕組みで、マイナス3EV、すなわち光量を1/8に減らすことできるので、感度25になる。この設定で撮ったら、ご覧のような写真が出来上がった。フレーミングが若干甘いと自分でも思うが、レンズが固定焦点23ミリ、ライカ判換算35ミリで、ズームレンズのような自由が利かない。これもまた一興かなと言い訳しておこう。

2017年4月10日

湖北花紀行

菜の花(長浜市余呉町の余呉川導水路)

海津大崎の夕景(クリックで拡大)
桜花繚乱の京都を離れて奥琵琶湖、余呉湖に出かけた。予報では雨だったが、時々晴れ間が見える、暖かい陽気になった。長浜市の豊公園の染井吉野は満開。花弁はひとつも落ちていなく、どんぴしゃりの満開だったと言える。桜の合間に見える長浜城の写真を撮ったが、天守閣に登って俯瞰写真を撮れば良かったと、ちょっぴり後悔している。何しろその眺めは、さながら桜の海の様で壮観だそうだから。豊公園を後にして、途中、岐阜県関ケ原町の「花伊吹」に寄り道して昼食。すぐ横にある宝蔵寺の彩色観音像が余りにも艶めかしく、思わずピンホールカメラを向けた。琵琶湖を後にして、今回の目的地である余呉湖に移動する。余呉川導水路沿いの堤は、桜を背景にした菜の花が撮れるので、写真愛好家の人気撮影スポットになっている。あいにく桜はまだ蕾状態だったが、咲き乱れる菜の花に北国の春の息吹を感ずる。再び琵琶湖に戻り、高島市マキノ町の海津大崎に寄ることにした。例年より一週間遅く、昨日やっと染井吉野が開花したそうだが、場所によって二分から五分咲とマチマチだった。ずいぶん昔、ここで満開の桜に遭遇したことが懐かしく思い出される。湖西道路から湖岸を眺めながら帰路についた。

2017年4月9日

スコットランドとアルスターとアメリカを結ぶ音楽の架け橋


Wayfaring Stranger: Rhiannon Giddens & Phil Cunningham

Rhiannon Giddens & Phil Cunningham
このビデオは北アイルランドのテレビ局 BBC Two が制作したもので、Wayfaring Stranger をバンジョーで弾き語りしているのは、キャロライナ・チョコレート・ドロップスの紅一点リアノン・ギデンズである。アメリカンルーツ音楽を追及する話題のシンガーで、ソロデビューアルバム "Tomorrow Is My Turn" が第58回グラミー賞でベスト・フォーク・アルバムを受賞している。ビデオは教会で収録されたため、リバーブが心地よく、素晴らしい音質になっている、ただロングショットでもマイクが写っていなく、音声と映像は別テイクかもしれない。ところで隣のアコーデオン奏者はスコットランドの名手フィル・カニンガムで、テレビ番組のコーディネータを担当した。ご存知、アパラチアに伝わった古謡、あるいは現代のブルーグラス音楽など、アメリカンルーツ音楽の源泉はスコットランドやアイルランドにある。私も訪ねたことがあるが、英国北アイルランドのアルスター地方は、日本では知られてないようだが、民謡の宝庫である。スコットランドとアルスターとアメリカを結ぶ音楽の架け橋をテーマにした番組 "Wayfaring Stranger with Phil Cunningham" シリーズ1が、4月6日午後7時(現地時間)放送された。この後はロザンヌ・キャッシュ、リッキー・スキャッグスやティム・オブライエンなどが登場予定だそうである。ビデオがアーカイブされているが、英国以外からアクセスできないのが残念である。

2017年4月8日

DAYS JAPAN フォトジャーナリズム写真展

画像をクリックすると拡大表示されます

日 時:2017年4月15日(土)~7月9日(日)9:30~16:30(入館は16:00まで)
休 館:月曜日・4月30日(日)・5月6日(土)
会 場:立命館大学国際平和ミュージアム中野記念ホール
料 金:大人400円(350円)中・高生300円(250円)小学生200円(150円)()内は20名以上の団体
主 催:立命館大学国際平和ミュージアム(京都市北区等持院北町)075-465-8151
詳 細:http://www.ritsumei.ac.jp/mng/er/wp-museum/event/

PDF  フライヤーの表示とダウンロード(PDFファイル 439KB)

2017年4月7日

世界ピンホール写真デー

©Ximena Astudillo Delgado

世界ピンホール写真デーは2017年4月30日(日)です
The Worldwide Pinhole Photography Dayp is April 30 [Sun] 2017
http://pinholeday.org/

2017年4月6日

桜の樹の下には屍体が埋まっている

近衛邸跡(京都市上京区京都御苑)

京都御所近衛邸跡の枝垂れ桜を見に出かけた。京都の枝垂れ桜は円山公園や平安神宮などが有名だが、近衛邸跡の桜を京都人は異名の「糸桜」と呼ぶ。桜情報は京都新聞が随時写真を掲載しているので、それを頼りにしている。わずか数日前までは蕾だったが、満開をやや過ぎた状態だった。美しい。美しい故に、ある種の不気味がある。パッと咲き、パッと散る、その潔さが日本人の心を惹きつけるのだろう。しかし私は満開の桜に、その先の桜吹雪を連想、儚さを感じてしまう。死のイメージである。桜の樹の下には屍体が埋まっている、という書き出しで有名な梶井基次郎の『桜の樹の下には』の一節を引用してみよう。
いったいどんな樹の花でも、いわゆる真っ盛りという状態に達すると、あたりの空気のなかへ一種神秘な雰囲気を撒き散らすものだ。それは、よく廻った独楽が完全な静止に澄むように、また、音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように、灼熱した生殖の幻覚させる後光のようなものだ。それは人の心を撲うたずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。
蓋(けだ)し名文、流石である。帰路、自宅近くの平野神社に寄ってみたら、数日前にはこれまた蕾だった染井吉野が満開状態になっている。驚いたことに何と神門前の「魁(さきがけ)桜」の花びらが残っているではないか。京都の春を告げる早咲きの枝垂れ桜だが、三月中は気温が上がらず、開花が例年より10日以上も遅れたせいかもしれない。まさか両方の桜の繚乱を目の当たりにするとは思ってもいなかった。そういえばは今年は東京の桜の満開が全国で一番早かったそうである。これは異常気象のなせる業なのだろうか。

Amazon  梶井基次郎『桜の樹の下には』(Kindle版)0円

2017年4月5日

ブラウザ調査を装ったカード番号収集詐欺

突然現れたブラウザに関するアンケート画面

ブラウザ Google Chrome で Facebook アクセスしていたら、いきなりこんな画面が現れた。一目でフィッシング詐欺だと直感したので、アンケート調査には応じなかった。この件に関しては読売新聞2016年9月2日付け電子版が、トレンドマイクロのリポートを詳述している。それによると対象ブラウザは Chrome だけではなく、IE や Safari も含まれるようだ。ご覧のように4問のアンケートに答えると HD Streaming Movies が獲得できるとある。私は先に進まなかったが、通常は9,000円するストリーミング動画サービスが無料になるという触れ込みで MEGAFLIX なる動画サービスが書かれているが、このサービスは存在せず、実際には別の名前のサイトへ誘導されるそうだ。最終的にはカード番号収集が目的のようだ。トレンドマイクロは「この手法の怖いところはユーザーが何の操作をしなくても、ブラウザ全画面でアンケートが表示されることだろう」と指摘している。つまり問題のない通常のサイトを訪れただけで、ブラウザの別タブが開いてアンケート詐欺サイト表示される。いずれにせよ、個人情報を書かせるアンケートには応じないことが肝要だろう。

2017年4月4日

駐韓大使帰任に見る安倍外交の不可解


政府は釜山の日本総領事館前に「少女像」が設置されたことへの対抗措置として、長嶺安政駐韓大使らを「一時帰国」させると発表したのは今年の1月6日だった。ところがこの措置に対し像を撤去する動きは見られなかった。安倍晋三首相が1月8日のNHK日曜討論で「10億円の拠出をしたから、釜山の日本総領事館前の少女像を撤去せよ」と発言したのが韓国側の反発を買ったようだ。売り言葉に買い言葉だろう「それなら10億円を返そう」という意見が噴出、さらに2015年12月28日の日韓外相会談で結ばれた「慰安婦問題日韓合意」を破棄しようという動きも起きたのである。1月10日に当ブログに「韓国政府は少女像撤去を約束したわけではない」という一文を寄せた。両国間で公式な文書を交わすことは行われず、共同記者会見を開き、少女像について韓国の尹炳世外相は会見で「韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」と発表したのみで、撤去を約束したわけではかった。韓国側に少女像撤去の動きがないことに苛立った首相は「早く帰す必要はない。国民も納得しない」と意地を張り、問題を長期化、事実上の「召喚」となってしまった。ところが朝鮮日報4月4日付け電子版が表現したように「安倍首相がひそかに見解を変えた」ため、85日ぶりの今夕、大使らが韓国に帰任することになった。威勢よく刀を振り上げたものの、下ろしようがなく、元の鞘に納めるという無様な結果となった。しかし何故このタイミングなのだろうか。大統領選が迫り、岸田文雄外相は次期政権への備えを理由に挙げたが、どうも説得力に乏しい。強硬策を続けても進展しないと判断したのか、それとも何か別の力学が働いたのだろうか。

2017年4月3日

軍国主義者が牛耳るこの国の危うさ

Trigger-happy Japanese PM Shinzō Abe by ©Thomas Wong

朝日新聞4月1日付け電子版によると、安倍内閣が「教育勅語」に関し「憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」との答弁書を閣議決定したという。一瞬これはエイプリルフールじゃないかと目を疑ったが、フェイクではなかった。安倍政権による右傾化の兆しは前からあったが、ここまで露骨な方針を打ち出すとは思ってもいなかった。次は「徴兵制復活」なんてことを持ち出すのではと危惧する。森友学園問題が露呈しても、内閣支持率が相変わらず高い数字を維持しているという背景があるからだろう。その森友学園が運営する塚本幼稚園が園児に「教育勅語」を朗唱させてるなどの「愛国教育」が注目を浴びていた。2015年1月8日付け産経WESTによると、2014年4月に同園を訪れた安倍昭恵首相夫人は「教育勅語」や「五箇条の御誓文」を朗唱する園児に感涙したという。当時、園長だった籠池泰典氏は、幼稚園の教育方針を引き継ぐ小学校の運営に乗り出したところだった。籠池氏は「せっかく、当園で身につけたことが潰される…。それで小学校をつくることにしたんです」と語ったが、これに昭恵夫人が賛同、名誉校長に就任することになったようだ。これが森友学園問題「アッキード事件」の始まりだった。ところが森友学園の学校用地不正取得問題が発覚すると、当初「学園は教育理念が素晴らしいと妻から聞いている」と国会で答弁していた安倍首相が掌(てのひら)を返すように、籠池氏を批判するようになった。おそらく「私や妻が関係していたということになれば、まさにこれは、もう私は総理大臣も、そりゃもう、間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということは、はっきりと申し上げておきたい」と啖呵を切ってしまったからだろう。いわば保守と保守の喧嘩になっている。とはいえ保守と言っても、真の意味の保守主義ではない。大方が所謂「ネトウヨ」に過ぎなく、お互いに簡単に裏切り行為をする。この点は安倍首相と籠池氏の関係が立証したといえる。いずれにせよ戦前に回帰を渇望する軍国主義者が、この国を私物化し、牛耳っている事実に強い怒りを禁じえない。

2017年4月1日

月満つれば則ち虧く


韓国の朴槿恵前大統領逮捕の報道に接し、脳裡に走ったのはギリシャ神話に登場するイカロスだった。蝋で固めた翼で飛翔、太陽に接近し過ぎて翼が溶けてなくなり墜落死した。人間の傲慢さを戒めた神話である。海外逃亡は考えられないし、逮捕するまでもなかったのではという意見も韓国にはあったようだが、証拠隠滅の恐れがあるので拘束されたようだ。韓国の聯合ニュース3月31日付け日本語版によると、拘置所の独房の広さは2坪に満たず、折りたたみ式マットレスと机を兼ねた座卓がある。1食わずか1440ウォン(140円)の食事をし、食器も自分で洗うそうだ。大統領官邸の青瓦台と比べ、まさに地獄に墜ちたような生活ではないだろうか。起訴後に収賄で有罪になれば懲役10年以上の重刑を言い渡される見通しだという。平家物語の一節に「驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」とある。傲慢になった者は必ず失脚するという喩えである。月満つれば則(すなわ)ち虧(か)く、満月は必ず欠ける。安倍晋三首相も肝に銘じておくべきだろう。

2017年3月27日

コダック・ブラウニー100余年の時間旅行

Kodak Brownie box camera with original cardboard packaging 1900

ブラウニーの広告(クリックすると拡大)
英国 BBC 放送3月20日付け電子版が "Five game-changing cameras that turned us into photographers" という興味深い記事を掲載した。毎日20億の写真がネットにアップロードされている。写真は技術的に複雑で富裕層の娯楽だったが、それがいかにして庶民的な芸術形式になったのだろうか。英国のデモントフォート大学の写真史研究家ジル・パステルナーク博士が、私たちを写真家に変身させてくれた5つの革新的カメラを挙げている。
1)The Kodak 'Box' Brownie
2)Kodak Instamatic
3)Polaroid Land Camera
4)Digital Cameras
5)Mobile phone cameras
パステルナーク博士が最初に挙げている「コダック 'ボックス' ブラウニー」は1900年に発売されたカメラで、名前はスコットランド伝説の小悪魔に由来する。当時流行っていた漫画の主人公で、いわば日本のポケットモンスター「ピカチュウ」に共通する。このキャラクターを広告に使った、子どもをターゲットにしたカメラで、キャッチコピーは「あなたはシャッターを押すだけです、あとは当社にお任せください」だった。写真術の発明以来、写真は自分で乳剤を作り、現像プリントもするという作業を伴う、一般には馴染めないものだった。そういう意味では、ブラウニーはただシャッターを押すだけです、後はDPE業者任せるだけというシステムを作り上げた。今日、写真といえばスマートフォンで、というのが一般的となった。フィルム時代も全自動カメラがあったが、スマートフォンではそれが当たり前になっている。絞り値とか、シャッター速度、という操作がバックグランドにあることを認識していない人が多いと思われる。インスタグラムのような画像共有アプリケーションで加工して「芸術作品」となった写真が SNS に大量投稿される時代となった。ブラウニーが100余年の時間旅行をして、そのメソッドをスマートフォンに引き継いだようだ。

2017年3月25日

古写真の中の人物名を特定する

Asheville Mountain Music Festival, August 1938
Courtesy of the North Carolina Department of Archives and History

Samantha Bumgarner © Ben Shahn
写真はずいぶん前に写真共有サイト Frikr で見つけたものだが、単に「アッシュヴィルのマウンテン音楽フェスティバル、1938年8月」という説明がついていただけだった。詳細を知りたく投稿者に訊ねたところ、ノースカロライナ州歴史資料館蔵という返答だった。ところが当該サイトを検索したのだが、写真は出てこなかった。しかしバスコン・ラマー・ランズフォード(1882–1973)が組織したマウンテン音楽のェスティバルが1938年、アッシュヴィルで始まったという複数の記述をネットで見つけることができた。写真はその時に撮られたもので、バンジョーを弾く女性がサマンサ・バムガーナー(1878-1960)であることが特定できた。このサマンサがフィドルを弾いている写真を、大恐慌時代の農民を記録した、米国の農業安定局の FSA プロジェクトに参加していたベン・シャーン(1898-1969)が1927年に撮影している(写真左)。なんと彼女のフィドルの顎当ては右側、つまり逆の位置についている。蛇足ながら多くの伝統的フィドラーは顎当てを使わないので、どちらについていても構わないのであるが。

Fiddlin' Bill Hensley © Ben Shahn
よく見ると上の写真のフィドラーもそうである。もしかしたらサマンサは彼のフィドルを借りて写真撮影したかもしれない。写真を Facebook のグループ "Dedicated toOld Time Music" に「名前不明のフィドラーとサマンサ・バムガーナー」と題してポストした。すると早速「フィドリン・ビル・ヘンズリーじゃないか」という助言があった。これは私にとって電撃的な指摘だった。というのは上記、ベン・シャーンがサマンサの写真と同時にビルも撮っていたのを知っていたからである(写真右)。ただ風貌がちょっと違うので、私は結びつけていなかったのである。写真を仔細に観察したところ、ビルのフィドルの左側には顎当てがなく、ネクタイに隠れてるものの、右側に付いているようだ。かくして上の写真は「フィドリン・ビル・ヘンズリーとサマンサ・バムガーナー」だと断定することができた。古写真は撮影年月日と被写体の説明があれば、歴史資料としての価値が増す。実に些細なことかもしれないが、長い間、アメリカの伝承音楽を愛し、研究してきた私にとっては、大きな収穫となった。

2017年3月21日

2017/4/16共謀罪の制定を阻止する市民集会in京都のご案内

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日 時:2017年4月16日(日)13:30~15:00(開場12:30)
会 場:円山公園音楽堂(京都市東山区円山町)
講 演:海渡雄一(弁護士)高山佳奈子(京都大学教授)ほか
主 催:京都弁護士会(075-231-2378)
詳 細:https://www.kyotoben.or.jp/event.cfm#1141

PDF  共謀罪阻止市民集会フライヤーの表示とダウンロード(PDFファイル 952 KB)

2017年3月20日

映画 "Songcatcher" のサウンドトラック盤に痺れる

Vanguard CD 79586-2

DVD "Songcatcher" 
映画 "Songcatcher" のサウンドトラックCDを入手した。映画そのものは2000年にリリース、日本では「歌追い人」と題して2003年に公開された。翌2004年に DVD が発売され、私も購入した。今年の2月に「南部アパラチアで英国古謡を蒐集した民謡研究家」と題した記事を投稿したが、映画は史実と違っている。ハリウッドの娯楽映画と割り切れば良いのだが、どうにも我慢できず、2回しか視聴していない。しかし収録されている音楽の魅力を反芻したくなり、音楽のみを抽出したサウンドトラックCDを入手した次第である。聴き込んでみると、新たな魅力に痺れてしまった。ジャネット・マクティア演ずる音楽学者リリー・ペンレリック博士は、明らかにマサチューセッツ州ウェストメドフォード生まれの民謡蒐集家、オリーブ・デイム・キャンベルがモデルである。リリーはこのアパラチア山岳地帯で教師をしている妹を訪ねたのだが、孤児のデラディス・スローカムが歌った "Barbara Allen" を聞いて驚愕する。アイルランドやスコットランドからの入植者達によって持ち込まれ、本国でも既に失われているこれらの歌が、世間と隔絶したこの山の中で、ほぼ原型のまま人々によって歌い継がれていたのだ。孤児を演じたのはエミー・ロッサムで、吹き替えなしでこのスコットランド古謡を歌っている。調べ直したら、エミーは1986年生まれ、幼い頃からオペラを学び、7歳からメトロポリタン歌劇場の舞台に立ったことがあるという。これが映画2作目で、当時14歳だった。このCDアルバムの中では、そのエミーとカントリー・ミュージックの第一人者、ドリー・パートンのデュエット "When Love Is New" が秀逸である。サウンドトラック盤であることに関わらず、ジャケットのサブタイトルに、映画からインスパイアされた音楽とある。パット・キャロルやロザンヌ・キャッシュなど、豪華なメンバーによる、映画をソースにしつつ、独立した音楽アルバムと解釈することにした。所持してるCDのベストアルバムに躍り出た感がある。

Blogger  Songcatcher: Music From And Inspired By The Motion Picture

2017年3月19日

3.25安倍政権に反対するデモ


日 時:2017年3月25日(土)集会:15:30/デモ:16:00出発
会 場:大阪うつぼ公園(大阪市西区靱本町2丁目)
主 催:3.25安倍政権に反対するデモ実行委員会

2017年3月18日

映画『残されし大地』の静寂


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ジル・ローラン監督作品『残されし大地』(La Terre Abandonnée)を観賞する機会があった。福島第一原発から約12キロメートル、帰還困難区域として指定された富岡町に留まり、猫、犬、牛、かつて福島第一原発で飼育されていたダチョウ等の動物保護活動を続ける、松村直登さんをキーパーソンにしたドキュメンタリー映画である。ローランさんは元はベルギーの映画録音技師だったが、妻の鵜戸玲子さんの母国である日本に2013年に家族と共に来日した。富岡町の松村直登さんの存在を知り、自らメガホンを取る事を決意、初監督作品に挑むことになった。2015年夏から秋にかけて富岡町や南相馬市で撮影、編集のためベルギーに戻った。鵜戸さんによると「内輪で試写会をする予定の日でした。編集スタジオに向かう地下鉄でテロに遭い、ほぼ即死でした」という。映画は饒舌を避け、淡々と進行する。時折、風の音や小鳥の声が響く。まさに静寂の中の音、耳を澄まさないと聴こえない音をキャッチしているのである。ローランさんは小津安二郎監督に傾倒、特に『東京物語』に惹かれていたという。そういえば「小津調」の強い影響が窺える。原題の直訳は『棄てられた大地』だが、思考を重ねて『残されし大地』という言葉が浮かんだと鵜戸さんが話してくれた。

Movie Film  ジル・ローラン監督作品『残されし大地』(La Terre Abandonnée)公式サイト

2017年3月16日

新政治団体「未来のための公共」がスタート

3月17日(金)国会議事堂前行動

斬新なアイデアと行動で共感を広げた「SEALDs(シールズ)」の流れを受け継ぐ、新たな政治団体「未来のための公共」が、明日3月17日(金)に発足する。以下は Facebook のページより引用。

今週の3月17日(金)、国会前集会を開催します。南スーダンへの自衛隊派遣、共謀罪、森友学園・・・。さまざまな政治イシューがあって、どれも大切なはずなのに、なぜだか私たちからは「遠い」という感覚、ありませんか?「今の政治、このままでいいの?」と思う方、一緒に声をあげましょう。

「未来のための公共」は、世代や職種を超えたゆるやかなつながりです。若い世代に限らない、多様な担い手が、多様な政治参加の手段をもって、民主主義をもっと豊かにしていく試みです。「この道しかない」わけがなく、政治はもっと多くの選択肢を開いていくものであるはずです。共有の問題関心について、声をだし、語り合い、考え、共に決めていくことだって、私たちにはできるはず。そのためのプラットフォームの一つが、「未来のための公共」です。

毎週金曜日に行われていた国会前行動を、「未来のための公共」は引き継ぎます。この抗議行動はもともと、既存の組織によるものではなく、個人の呼びかけからはじまり、草の根のネットワークのなかで発展していったものです。「未来のための公共」は、個人が立ち上がり、つながり、私たちが共に考えることのできる場をつくっていきたいと考えています。もっと政治の窓口を広げたい。もっと色々な人に来てほしい。「今の政治、おかしくない?」と思ったときに、「ここなら私と同じ関心をもつ人がいる」と、安心して参加できる場所が、いま求められています。

まだまだ課題は山積みですが、これは緊急アクションではない、日本の政治社会に生きる個人たちの、一つの応答のかたちです。どうぞ、よろしくお願いします。

Facebook  政治団体「未来のための公共」の Facebook ページ

2017年3月15日

森友学園問題:菅野完氏が民進党を批判


安倍政権が森友学園問題の火消しに躍起になっている。3月10日、籠池泰典理事長が長男を伴い記者会見を開き、小学校「瑞穂の國記念小學院」について、学園側が設置認可の申請を取り下げたと発表した。前日まで「この学校を開設させて欲しい」と語っていただけに、何らかの外的力学が働いたと想像する。ところが扶桑社の情報サイト HARBOR BUSINESS Online によると、菅野完氏が籠池理事長に単独インタビュー、その動画を公開したと公表した。動画の中で籠池理事長は、2005(平成17)年前後、まだ衆議院選挙出馬前の稲田朋美防衛大臣が、籠池氏の弁護士を務めていたことを告白している。この動画を元に13日、民進党の小川敏夫氏が参院予算委員会で稲田防衛大臣を追求した。これに対し翌日、菅野完氏は次のようなツイートをしている。


日本会議の研究
稲田防衛大臣は当初「籠池氏の法律相談を受けたり裁判を担当したりしたことがない」と答弁したが、翌14日の衆院本会議と参院予算委員会で「私の記憶が間違っていた」などと述べ、撤回して謝罪した。同学園が起こした民事訴訟の第1回口頭弁論に、原告側代理人弁護士として出廷していたことを示す、大阪地裁作成の記録の存在が判明したからである。菅野完氏は「ほんで、民進党の連中、『加計もやりたい』とか、なんで俺に相談すんねん。俺はお前らのデータマンか。アホか。森友の件でさえお前ら自分でできてへんやんけ。あほちゃうか。フザケンナ」というツイートもしている。どうやら民進党は菅野完氏に情報提供を懇願していたようである。自衛隊を指揮する防衛相の「虚偽答弁」は許されないとして辞任を要求したが、安倍首相は稲田大臣を擁護、要求を突っぱねた。元々政治家としてスカウトしたのは首相自身だし、行く末は初の女性首相にと喧伝していた手前、更迭するのは無様になるからだろう。追い込むにはやはり切り札が必要で、それには調査能力が不可欠であることは今更言うまでもない。菅野完氏の民進党批判ツイートにはベストセラー『日本会議の研究』を著した、自らの調査能力に対する自負が窺える。

2017年3月13日

投稿数 1000 はブログの一里塚


このブログの記事数が1000に達した。2月初頭に投稿した「SNSを捨てよブログを書こう」にも触れたが、最初のブログはエキサイトで、創設は2008年6月、約300の記事を書いた。このグーグルの Blogger に引っ越ししたのが2011年3月だった。合計1300である。いずれにしても1000というのはキリ番、記念すべき番号である。旅行に喩えれば、一里塚に着いたことになる。里というのは死語に近い距離単位だが、約3.927キロメートルである。街道に1里ずつ塚が作られたが、これに似たのが欧米のマイルストーンである。ローマ帝国が1マイルごとに設置したことに由来する。マイルといっても現在の国際マイル、約1.6キロメートルとは違い、ローママイルで1.48キロメートルである。いずれにしても里とマイルは距離が違うのだが、ある目的が達成されたときに、マイルストーンという言葉が良く使われる。いきなり脱線してしまったようだ。一里塚に到達するのにちょうど6年かかってしまったわけだが、道のりは遠いけど、次の二里塚を目指すつもりである。

2017年3月9日

第65回北野をどり

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日 時:2017年3月25日(土)~4月7日(金)午後1時30分・午後4時(全日2回公演)
会 場:上七軒歌舞練場(京都市上京区今出川通七本松西入真盛町)075-461-0148
料 金:お茶席券付4,800円・お茶席券無4,300円(共に税込)
主 催:上七軒歌舞会(上七軒お茶屋協同組合・上七軒芸妓組合)http://www.maiko3.com/
後 援:京都府・京都市・京都市観光協会・京都伝統伎芸振興財団・京都文化交流コンベンションビューロー

2017年3月7日

再掲:福島第一原子力発電所の人工衛星写真

2011(平成23)年3月11日午後2時46分、東北関東の太平洋沿岸を中心に、東日本を襲った地震と津波は壊滅的な被害を同地方に与えました。多くの尊い人命が失われたのですが、加えて東京電力福島第一原子力発電所も地震と津波によって、外部からの送電と非常用発電機が止まり、冷却装置を動かす電源を失い、原子炉が危機的な状況に陥ってしまいました。以下の画像は3日後の3月14日に爆発した同発電所を、米国デジタルグローブ社の人工衛星が捉えた高解像度写真で、同年3月21日に当ブログで紹介したものです。過酷な事故を風化させないため、ここに再び掲載します。それぞれの画像はクリックすると拡大表示されます。


2011年3月14日午前11時04分 爆発3分後


2011年3月14日午前11時04分 爆発3分後


2011年3月18日午前11時20分

デジタルグローブ社の解説: 災害を知った私たちはすぐに、画像収集を行うため3つの人工衛星を配置しました。3月12日土曜日を皮切りに、1日に4万8000平方キロメートルをカバーしながら、すべての被災地域の画像収集に焦点を合わせました。デジタルグローブ社は、事件前のその地域の状態を見せる、歴史的な写真による世界一大きい画像ライブラリーを持っています。それによってすべての国を襲う地震や津波の初期の影響を鮮明に見ることができるのです。それ以来、私たちは30万平方キロメートルを含む、傷付いた地域の最新画像情報を集める私たち集団の力を使っています。毎日働きながら、私たちの人工衛星は原子力施設の爆発と故障(福島第一原子力発電所3号炉爆発の1分前と3分後の信じがたい画像を含む)を目撃し、高速道路の状態を記録し、主要港と精製所の損害額を査定したのです。私たちの画像と分析は毎日の3時間の収集の範囲内で、顧客にオンラインで利用可能です。それは収集から分析までのリアルタイム周期に近いものです。

2017年3月4日

教育勅語に心酔する安倍昭恵夫人の時代錯誤


ソーシャルメディア Facebook に安倍昭恵首相夫人のページがある。2015年9月5日付けのページには4枚の写真が添付され「大阪の塚本幼稚園にて講演。園児達は大変お行儀が良く元気です。毎朝君が代を歌い、教育勅語、論語や大学などを暗唱」とある。幼稚園児が毎日君が代を歌い、教育勅語などを暗唱しているのを礼賛しているのである。教育勅語、つまり「教育ニ関スル勅語」は、明治天皇が山縣有朋内閣総理大臣と芳川顕正文部大臣に対し、教育に関して与えた勅語だが、1890(明治23)年10月30日に発布され、1948(昭和23)年6月19日に国会の各議院による決議により廃止された。衆議院は「教育勅語等排除に関する決議」したが、参議院も同じく「教育勅語等の失効確認に関する決議」をした。参議院の資料集から決議本文を引用しよう。
われらは、さきに日本国憲法の人類普遍の原理に則り、教育基本法を制定して、わが国家及びわが民族を中心とする教育の誤りを徹底的に払拭し、真理と平和とを希求する人間を育成する民主主義的教育理念をおごそかに宣明した。その結果として、教育勅語は、軍人に賜はりたる勅諭、戊申詔書、青少年学徒に賜はりたる勅語その他の諸詔勅とともに、既に廃止せられその効力を失つている。しかし教育勅語等が、あるいは従来の如き効力を今日なお保有するかの疑いを懐く者あるをおもんばかり、われらはとくに、それらが既に効力を失つている事実を明確にするとともに、政府をして教育勅語その他の諸詔勅の謄本をもれなく回収せしめる。われらはここに、教育の真の権威の確立と国民道徳の振興のために、全国民が一致して教育基本法の明示する新教育理念の普及徹底に努力をいたすべきことを期する。右決議する。
日本は憲法の理念に従って教育基本法を制定し、民主主義的教育理念を宣明した。従って教育勅語はすでに廃止されたものなのに、あたかも存在するような風潮を、国会が戒めた決議だった。ところが決議から70年弱を経た今日に至っても、この忌まわしい教育勅語が跋扈している現実に呆然とする。例えばネット通販サイトのアマゾンで「教育勅語」をキーワードに検索すると、夥しい数の書籍が見つかる。ところが「本当は危険思想なんかじゃなかった」「なんでこんな素晴らしい事を戦後教えなくなったのか?」といった内容の書籍が多いことに愕然とする。新設予定の森友学園「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長に昭恵夫人が就任したことが明るみになると、慌てた安倍首相は夫人が名誉校長を辞任したと釈明し「私と家内、事務所も一切関わっていない。関わっていれば政治家として責任を取る」と答弁したが、これで疑惑が晴れたわけではない。所謂「アッキード事件」が明るみになって以来、国有地の不正入手に対してメディアの目が集中している。しかし一番の問題点は教育勅語という危険な教育理念を、一国の宰相夫人が心酔し、公言して憚らない時代錯誤である。

Amazon  藤田昌士「学校教育と愛国心―戦前・戦後の『愛国心』教育の軌跡」(学習の友社 2008年)

2017年3月3日

煙草をやめたい諸兄諸嬢のために

煙草をやめて綺麗な空気を吸おう

毎日新聞3月3日付け電子版によると、受動喫煙防止のため、厚生労働省が1日発表した対策案について、2日の参院予算委員会で、批判的な質問が出されたという。自民党の小鑓隆史氏は「小さな焼き鳥屋さんのような店は廃業や厳しい状態になる」と指摘。「個々の判断に任せるのが最大の分煙対策ではないか」と投げかけたが、塩崎恭久厚労相は「妊婦、子供、がん患者らの健康が、喫煙の自由よりも後回しにされる現状は看過できない」と一歩も譲らなかったそうだ。昨日「受動喫煙防止策案がトーンダウン」と書いたばかりだが、今後の議論によっては更にトーンダウンする可能性が出てきたようだ。しかし喫煙者への包囲網が狭まった感じであることには変わりはない。かつてヘビースモーカーだった私は吸う人の気持ちがよく分かる。しかし、煙草はやはり周囲に迷惑をかけるし、健康にも良くない。だからやめられるならやめるに越したことはないと思う。私が断煙したいきさつは、約20年前に遡る。居酒屋で大量の血を吐いて救急車で運ばれて入院。出血性胃潰瘍でで内視鏡手術をしたのだが、3日間集中治療室に入った。3日吸わずに辛抱できたのだからやめられると決心できた。まさに災い転じて、だった。そして今は煙草を吸いたいと感ずることはない。実はその約5年ほど前、私は1年間断煙したという経験がある。苦労してやめたのに何故復活してしまったのか。

おやじ徹誠一代記
2007年に他界した植木等さんが『夢を食いつづけた男―おやじ徹誠一代記』(朝日新聞社)を執筆することになり、私は伊勢市への取材旅行にカメラマンとして同行した。植木さんに勧められ、初めてあのタレが真っ黒な「伊勢うどん」を食べたところまでは私の精神状態は快調だった。ところが次第にそれが危ういものに変化していったのである。父親の徹誠さんは真宗大谷派の僧侶で、部落解放運動に取り組んだ「水平社」の活動家だった。伊勢市の常念寺住職だったころに治安維持法違反で4年近く投獄されたという。その父親が住職をしていた寺院を訪れた植木さんは、近所の人々と思い出話をしているつちに、感極まり突然泣き出したのだった。きっと子どもだった植木さん自身も辛い時代だったに違いない。連日暗い話が続き、次第に私も気が滅入り、ついに鬱状態に陥ってしまった。そしてふと見かけた煙草店で無意識に一箱購入してしまったのである。元の木阿弥である。いや、それ以上かもしれない。というのは喫煙量が断煙前より増加、1日に4箱も吸うようになってしまったのである。お酒を飲むとさらに増加、5箱に至る日もあった。まさにニコチン漬けである。

では煙草をやめるにはどうしたら良いだろうか? 私の場合、断煙1回目は、口寂しさを紛らわすために、乾物屋で購入した乾燥昆布を切り刻んだものを齧ったりしたものだった。これは本田勝一氏が、駅の売店などで売っているおやつ「都こんぶ」がいいとエッセーに書いてあったのを思い出し、倣ってみたものだった。ニコチンガムが禁煙補助剤として有効だと聞いていたが、私は昆布で何とか凌ぐことができた。ニコチンガム以外にも今日では様々な療法があるらしい。2回目の体験を振り返り、私は私なりに煙草を遠ざける方法を思いついた。こうである。(1)学生なら夏休みなど、社会人ならなるべく長い休みをとれる期間を選び(2)学業や仕事を忘れて、外出は散歩程度に抑え(3)静かに1週間程度暮らす。こうすれば昆布やニコチンガム、あるいは他の療法のお世話にならずとも、断煙できるのではないかと私は考える。要するに、学業や仕事の圧力によるストレスが、煙草に手を伸ばすことになると考えるからだ。気をつけなければならないことは、やめると食事が進み、肥満に陥る可能性があることだ。メタボリックシンドロームという伏兵に用心しなければならない。

2017年3月2日

受動喫煙防止策案がトーンダウン

六曜社のマッチ(京都市中京区河原町通三条下る)

特製のドーナッツが食べたくなり、久しぶりに喫茶店「六曜社」に出かけた。テーブルには灰皿とマッチが置いてあり、喫煙が可能である。小一時間ほど文庫本を広げていたが、その間、喫煙者がゼロでちょっと驚いた。たまたまそうだったのかもしれないが、全面禁煙のカフェが増えてるし、時代の流れかもしれない。コーヒーは交感神経を刺激して、興奮状態にさせてしまうという。一方、煙草は沈静効果があると言われている。もしそうなら両者はマッチ&ポンプの関係にあるかもしれない。かつて私も喫煙者だったが、居酒屋では必ず煙草を吸ったものである。そういう意味では、飲酒と煙草もマッチ&ポンプの関係にあるような気がする。新京極通に「スタンド」という大衆酒場がある。昭和レトロ風の店内の雰囲気は良いのだが、ずいぶん昔に苦労の末、断煙した私にとって、喫煙を許しているのが難点である。飲食店の禁煙が時流になったため、喫煙可の店ではここぞとばかり吸う客が多いように思う。主人に「禁煙にするつもりはありませんか」と訊いたところ「そんなことをしたら店が潰れてしまう」という答が返ってきた。以来、足が遠のいてしまったままである。朝日新聞3月1日付け電子版によると、厚生労働省は、他人の煙草の煙を吸わされる受動喫煙防止策を罰則付きに強化する、健康増進法改正案の骨子を発表した。焦点の飲食店は、30平方メートル以下のバーなどに限って例外として喫煙を認めるとなっている。受動喫煙を防止したいなら、狭い店ほど強化すべきで、しかも従業員の健康にも気を遣うべきだ。矛盾したトーンダウンと言えそうだ。嫌なら入らなければ良いじゃないか、という問題ではない。なお時事通信3月2日付け電子版によると、動喫煙を不快と感じる人が全体の8割に上ることが、九州看護福祉大の川俣幹雄教授(リハビリテーション医学)らの調査で分かった。場所は飲食店が最多で、飲食店の従業員は他の業種よりも受動喫煙の機会が多いことも明らかになったという。

PDF  厚生労働省:受動喫煙防止対策の強化について(基本的な考え方の案)PDFファイル 408MB

2017年3月1日

三月の風と四月のにわか雨が五月の花を咲かす


三月。イラストは英国の風刺画家ジョージ・クルックシャンク(1792-1878)がロンドンの "Comic Almanack" に寄せた暦の一枚「三月の風」である。これは英国の天気俚諺 "March winds and April showers bring forth May flowers"(三月の風と四月のにわか雨が五月の花を咲かす)に由来する。日本にも三寒四温という言葉があるが、ロンドンも気候が不安定で、時折冷たい風が吹くようだ。しかし今は厳しい季節だけど、待てば海路の日和あり、五月になれば花が咲くというわけである。
March winds and April showers
Make way for sweet May flowers
And then from june, a moon and you

March winds and April showers
Romance will soon be ours
And I'll go paradise for two
ところで三月の風といえば、アメリカンルーツ音楽が好きな私はカーターファミリーの "March Winds Gonna Blow My Blues All Away"(三月の風が憂いを吹き飛ばす)を思い出すが、上記の歌詞はアメリカの女優ルース・エッティング(1897–1978) が1935年に吹き込んだ、その名もずばり "March Winds and April Showers" である。下記リンク先のYouTubeで、哀愁に満ちた歌声をぜひお聴きください。

YouTube  March Winds and April Showers 1935: Ruth Etting

2017年2月27日

安倍政権と森友学園と維新の会の怪しい三角関係


森友学園による国有地仰天不正取得が発覚したのは今月初めだったが、衆議院の上西小百合議員が2月17日、森友学園と日本維新の会のつながりを示唆する上記のようなツイートをした。これに対し同会代表の松井一郎大阪府知事があわてて打ち消したが、そのうろたえぶりから、逆に事実だと断定できそうである。松井知事は25日、小学校の設立が認可されない可能性に言及した。学園とは個人的関りがないと強調したかったのだろう。その前日の24日、これまでは小池百合子都政の話題ばかりで、森友学園に関しては黙して語らなかった、日本維新の会法律政策顧問の橋下徹前大阪市長が次のようなツイートをした。
価格算定の手続きが不透明過ぎる。廃棄物の撤去費用について鑑定士は鑑定していない。国が撤去費用を見積もり鑑定士は国から言われた撤去費用を前提に土地価格を鑑定。これで鑑定士が全体を鑑定したように装っている。こんなことを役所だけの意思でやるのか。やはり政治介入か。
騙されてはいけない、事件から自らの関与を遠ざける煙幕である。これに対しニュースサイト LITE-RA が「橋下の必死さは何かの裏返しだ。一体、何を焦って何を隠そうとしているのか『しがらみのない立場から既得権益を打破』などと言いながら、維新がこの問題にどう関与していたのか。今後、“二枚舌政党”の正体が明らかになるかもしれない」と切り込んでいる。私は思わず籠池泰典森友学園理事長、安倍晋三首相、橋下徹元大阪市長に、疑惑のトライアングルをイメージしてしまった。癒着の三角関係である。哲学研究者の内田樹氏は「僕はこの事件が安倍政権の『終わりの始まり』になると思っています。強権にへつらう人たちだけが選択的に受益できる仕組みがこの数年で日本のほとんどすべてのシステムに蔓延しました。いつのまにか性根の卑しいやつばかりが威張り散らす社会になった」とツイートしているが、同感である。