2018年3月2日

谷崎潤一郎『鍵』の中のポラロイドカメラ

谷崎潤一郎『鍵』 (中公文庫 1973/12/10)

この小説は今でいえばポルノ小説と言ってよいだろう。いくつかのレビューも読んだが、某書籍通販サイトにはこんな解説が書いてあった。「封建的な家庭に育った貞操観念の強い妻と、初老を迎えた大学教授の夫。肉体的な下降期にある夫は、妻の旺盛な性欲を満たすことができない。美しい妻の肉体に日々妄想を募らせ、ついには若い男を妻に近づけることで、自らの衰える性欲を掻き立てようとする…」。老人は妻の裸体を撮りたい欲望に駆られる。妻は日記に「木村(若い男)は夫にポーラロイドという写真機のあることを教えた」と記す。なぜその木村が、老人が裸体を撮りたがっているか、その当人も不思議がる。妻の日記は続く。「夫がやがてポーラロイドで満足できず、ツワイス・イコンを使うようになり、それを現像する役目が木村に廻って来るようになるのを、…。かくして老人と若い男はお互いに嫉妬しあいながら共犯関係に陥る。妻の裸体写真は、当時としては卑猥なものと扱われ、撮ったフィルムはカメラ屋に持ち込みむのは憚れただろう。だからポラロイドだが、それでは満足しない。若い男に現像させることによって、嫉妬し、自らの性欲を奮い立たせる。いずれにしても。カメラが重要な役割を果たしている。小説『鍵』の第1回は、1956年(昭和31)1月の『中央公論』誌上に掲載された。前後の年表は次の通りである。
  • 1948年(昭和23)エドウィン・ランド博士発明のポラロイドランド95型発売
  • 1953年(昭和28)NHKがテレビ放送を開始
  • 1956年(昭和31)米アンペックス社がVTRを開発
  • 1957年(昭和32)NHKが大相撲でスローモーションフイルム録画機を使用
  • 1958年(昭和33)大阪テレビがアンペックス社製VTRを輸入
谷崎潤一郎の墓(法然院)
これによると、NHKがビデオテープレコーダーを導入したのは、1958年以降となる。フイルム録画機はそれこそ現像に時間がかかるから、相撲の取り組み直後にプレイバックできなかったと想像される。おそらく夜のニュースで使ったのだろう。小説に出てくるポラロイドはおそらくモニター画面をキャプチャーしたのだと思われる。ネット上ではこれといった資料が見付からなかったので、直接NHKコールセンターに訊いてみた。回答資料の中に「勝負終了後瞬時に再現した」という記述があるが、ポラロイドは1分近い現像時間が必要である。いささか大袈裟なのだが、当時としてはやはり画期的、かつ驚異的なカメラであったことを彷彿とさせる表現ではある。回答全文は次の通りである。

NHKの番組やニュースをご覧いただき、ありがとうございます。このたびは大相撲放送についてお問い合わせいただき、ありがとうございます。この件につきましてご説明いたします。資料としては下記のようなものがあります。「20世紀放送史・上」(平成13年3月22日発行)の392ページに、明確ではありませんが「56年の大相撲初場所からNHKは勝負の瞬間を数十秒後に再現するという新技術を取り入れ関心を呼んだ。…」という記述があります。また、「NHK年鑑1957(昭和31年11月1日発行)の239ページから240ページにかけては「相撲放送では、30年春場所からポラロイド写真を利用し、勝負の一瞬を捉えた写真を"ただ今の勝負"として勝負終了後瞬時に再現した…」と、ポラロイド写真を実際に使ったことがはっきり書かれています。さらに「日本放送史・下」日本放送協会編(昭和40年3月22日発行・非売品)の604ページにも「大相撲中継放送は…、昭和三十一年初場所の中継には、ポラロイド写真を利用して…」との記述があります。以上、導入時期の細かな点については、試行的な導入なのか、本格導入なのか、不明確な点もありますし、機種名など技術的なことも定かではありませんが、テレビの草創期に、早々とポラロイドを活用した瞬間画像を取り入れていたことは間違いないようです。

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